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考古学

ツタンカーメン王墓の奥に部屋?古代エジプト三大美女の墓?

エジプトのツタンカーメンの墓で新たな発見です。
ツタンカーメンの墓の壁の奥に人工的な構造物があることがわかり、これまで見つからなかった王妃の墓ではないかと期待が高まっています。

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 エジプト・ルクソールの王家の谷にあるツタンカーメンの墓では、26日からイギリス、日本などの国際調査団がレーダー探査を行いました。
その結果、墓の壁には入り口のようなものが隠されていて、奥には人工的な構造が続いていることがわかりました。

 「この壁の向こう側に空洞反応が。(約2メートル奥に)部屋か棺がある可能性がみえてきた」(渡辺広勝調査員)

 調査団では、奥にあるのはツタンカーメンの義母のネフェルティティ王妃の墓ではないかとみています。

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 「(Q.この奥には何が?)この壁の裏には、ネフェルティティ王妃の墓が古代から手付かずのまま残されていると思われる」(ニコラス・リーヴス調査団長)

 ネフェルティティ王妃はドイツのベルリンに胸像があって、クレオパトラと並ぶ古代エジプト三大美女のひとりともいわれています。

 今回の調査が世紀の発見につながる可能性もあり、王家の谷では期待が高まっています。ツタンカーメンの墓の奥だけに、今後どのように発掘を行うかなどが慎重に検討されるとみられます。

(TBS系JNN11月29日;




【今日の風景】

ネフェルティティの墓を発見という発表は、過去12年間で3回あったらしい。
※『エジプト王妃ネフェルティティの墓に新説』national geographic日本語版

今回の調査で見つかれば4回目になる。

それにしても古代エジプトはロマンいっぱいです。

我々のイメージするピラミッドに代表される古代エジプト文明は、クレオパトラの死によりプトレマイオス朝が崩壊して消滅し、ローマ帝国に吸収されます。

ツタンカーメンが生きていたのは、意外な位古くエジプト新王朝紀元前1345~1324年頃、つまり今から3350年位前なのです。

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他の古代文明に較べても古い。

それに匹敵するのはメソポタミア文明位ですが、どうしてそんなに古くから文明が発達したのかには諸説あります。

でも明確なことは、石でできたピラミッドと神殿と墓とミイラのような後世に残る形のものがあったことが大きいようです。

不思議なのは中南米文明も同様ですが、その違いはどこにあるのか?

やはり相当古い時代から東西・南北の古代諸種族文化の交差点、栽培穀物の大産地、それに伴う文字の発明、度量衡の統一などが大きな理由のようです。

日本を含めたアジアではそこまでの古い古代文明は明確にはないものの、人類の発達史という意味では興味津々の事柄です。

早期の発掘をぜひお願いしたいものです。


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※画像はフリーを使用しています。


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世界遺産「ストーンヘンジ」の秘密解明?!

イギリス南部に紀元前2500年から紀元前2000年ごろに円陣上に並べられた巨大な岩石からなる先史時代の遺跡が「ストーンヘンジ」です。
 世界遺産に登録されるほど有名でありながら、当時の技術でどうやって巨石を運搬したのか、なぜ作られたのかなどの詳細が明らかになっていない謎の遺跡とされています。
 そんなストーンヘンジ周辺で、ストーンヘンジ建設以前の住居や巨石群が見つかるなど、複数の新発見により当時の様子が少しずつ明らかになりつつあります。

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 2015年10月バッキンガム大学の考古学者デービッド・ジャック氏がストーンヘンジから約1.6km離れたブリックミードという場所を調査していたところ、泥を固めて構築した壁面と、わらや動物の皮をかぶせて屋根を作っていたと見られる柱が見つかりました。
 ジャック氏は「紀元前4300年ごろに作られたイギリス最古の住居のひとつ」と説明しており、内部からは火打ち石の塊や、矢尻のかけら・切断用の道具・顔料用の黄土のつぼなど、当時の生活状況を示す数々が発見されました。
 この「ブリックミード・ハウス」には狩猟民族が生活していた形跡があり、それから1世紀以上後にストーンヘンジを作り上げた集団の祖先にあたるとのことです。

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 9月にはレーダー技術を用いて調査を行っていたチームが、「ダーリントン・ウォール」と呼ばれる場所で約90個にのぼる最大で全長15フィート(約4.5メートル)もの巨石が立った状態で埋まっている巨石群を発見しており、もともとは200個以上という巨石が何らかの目的で設置されていたことがわかっています。
 これらの巨石群はストーンヘンジの1000年以上前に作られたと見られており、ダーリントン・ウォールの付近には、紀元前2600年から紀元前2400年ごろに木材を円陣上に打ち立てた「ウッドヘンジ」も存在します。
 
 ここ10年間、ストーンヘンジ周辺では数々の新発見が報告されています。全長2マイル(約3.2km)・幅100ヤード(約91メートル)におよぶ巨大な溝「カーサス」が作られたのは紀元前3500年ごろと考えられており、紀元前2900年ごろにはストーンヘンジの「円形基礎溝」が材木を立てて作られたことがわかっています。
 紀元前2500年ごろにストーンヘンジが完成し、付近を流れるエイボン川周辺からは、ストーンヘンジ建設に携わった集団が生活したと見られる紀元前2600年ごろの住居も発見されています。

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  これらの発見物について、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのマイケル・パーカー・ピアソン博士は、2トンほどの青岩が「ブルーストーンヘンジ」やプレセリ山からストーンヘンジに運ばれたと予想しています。
 しかし、ストーンヘンジにある最大40トン級の巨石の運搬方法はわかっていないほか、当時は書記言語すら持たなかったブリトン人がなぜストーンヘンジを構築したかについては、はっきりとわかっていないとのこと。
 ピアソン博士は、「ダーリントン・ウォールは聖者の土地」、「ウッドヘンジはダーリトン・ウォールを象徴化した土地」、「ストーンヘンジは死者の土地」だったと予想しています。

 初期のブリトン人がごちそうを食べるためにダーリトン・ウォールに集まるようになり、ストーンヘンジは先祖への崇拝を示す場所として、後年にはストーンヘンジが治療の場所として使われていた可能性もあるそうです。
 なお、ダーリトン・ウォールの地中から発見された岩石群の中には、レーダーを反射するチョークで固められた柱なども見つかっているため、2016年からはレーダーで発見できない物質が埋没している可能性を考え、実際に地中を掘り出して調査が行われる予定です。 

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(GIGAZINE11月12日;
ソース:http://news.livedoor.com/article/detail/10820307/
元ソース:http://www.nytimes.com/2015/11/10/science/stonehenge-begins-to-yield-its-secrets.html



【今日の風景】

ダーリントン・ウォールと ウッドヘンジとストーンヘンジの重要な部分が日本語版から抜けてる。

ストーンヘンジの付近のトーテムポールみたいな3つの柱穴から見つかった炭化した木片と骨は紀元前7000~8000年のものらしい。

つまり祭祈場としてのストーンヘンジ付近全体の起源は、ひょっとすると今から1万年位前まで遡れるかも。

ただそこに住んでいたのが、書かれているような初期のブリトン人かどうかは不明。

ケルト、アングル、サクソン、ブリトンといった族名は、基本的には確か「ガリア戦記」による。

つまりカエサルの頃のローマ共和制の時代の民族構成の話に過ぎない。

それより6500年以上過去にも同様の民族構成であった可能性は低い。

詳細な専門家の分析を待ちたい。


世界中で文明の起源が更に遡れる発見が相次いでいる。

もちろん日本も。

私みたいに鼻の穴をほじりながらぼ~っと1日過ごしてるのも考えもの。

じじぃも建設的にならねば。

ちなみに今日のお昼はかき揚げうどんである。
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※画像はフリーを使用しています。

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21世紀中に解明されそうな7つの古代ミステリー

 ナショナル ジオグラフィック協会が初めて考古学者に支援金を出したのは、1912年のこと。支援を受けたハイラム・ビンガム氏は、当時の最新技術であるコダックのカメラを持って、マチュピチュへと旅立った。あれから100年の間に、驚くほどのツールが登場した。人間の目に見える波長を超えて「見る」ことができるリモートセンシング装置や、人間がやれば1000年はかかる計算を一瞬でこなすコンピューターなどだ。

 (中略)

 そこでヒーバート氏に、今世紀中に解明できそうな古代ミステリーを予測してもらった。

1. 中南米における未知の都市、文明の発見

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「考古学者は、LiDAR(Light Detection and Ranging:光検出と測距)を使って、ホンジュラスやベリーズなどの地でうっそうと茂るジャングルの林冠の下を、文字通り“見る”ことで、今まで存在が知られていなかった共同社会を見つけようとしています」(参考記事:「謎の古代文明の遺跡を中米ホンジュラスで複数発見、マヤとは別」)

2. チンギス・ハーンやアレクサンドロス大王の墓の発見

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ギリシャ北部の古代遺跡アンフィポリスの近くにある巨大な大理石の墓の内部で、昨年発見されたモザイク。アレクサンドロス大王の家族の墓ではないかという憶測を呼んでいる。(PHOTOGRAPH BY ARISTIDIS VAFEIADAKIS/ZUMA PRESS/CORBIS)

 地中レーダー(GPR)などの新技術により、発掘せずとも地中を見ることができるようになった。
ナショナル ジオグラフィックの「ハーンの谷」プロジェクトでは、ヒーバート氏のチームが衛星画像を使ってチンギス・ハーンの墓地と考えられる地点をいくつか特定し、GPRを使ってその信頼性を判断した。「このときはチンギス・ハーンの墓を見つけられませんでしたが、比較的小規模な地物を探して広範囲を調査するにはうってつけの方法です。けっきょく、数当てゲームのようなものなんです。どれだけの範囲を調査できるかで、何かを発見できる確率が決まる。チンギス・ハーン以外にも、アレクサンドロス大王(の墓)だって見つけられるかもしれません」(参考記事:「アレクサンドロス大王の父の墳墓を特定か」)

3. 秦始皇帝陵への立ち入り

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等身大の素焼きの軍隊「兵馬俑」が、秦始皇帝の巨大な墓を護衛している。この闇に包まれた秘密の墓に立ち入った考古学者は未だいない。(PHOTOGRAPH BY O. LOUIS MAZZTENTA, NATIONAL GEOGRAPHIC CREATIVE)

 考古学者は、中国・西安にある兵馬俑に囲まれた秦始皇帝陵の場所を知りながらも、2000年以上前の遺物を損傷する恐れから、扉を開けることを躊躇している。「GPRや磁気探知器を使えば内部構造を知ることができます。最終的には小型ロボットを使って墓に入り、内部をほとんど乱すことなくデータを収集できるようになるでしょう」(参考記事:フォトギャラリー「秦の始皇帝の兵馬俑」)

4. 古代ミノア人が遺した謎の言語の解読

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ミノア文明の要所、クレタ島ファイストス。パワフルなコンピューターの出現により、線文字Aとして知られるミノアの謎の文字が解読されるかもしれない。(PHOTOGRAPH BY GORDON GAHAN, NATIONAL GEOGRAPHIC CREATIVE)

 地中海で栄華を誇ったミノア文明が発見されて1世紀以上になる。しかし、線文字Aとして知られるその言語は、いまだに解読されていない。「これまでに、1400例以上の線文字Aが発見されており、研究が行われています。今の私たちには、ビッグデータというツールがあります。IBMのワトソンに解読をやらせてみない手はありません」(参考記事:「宇宙から見たクレタ島」)

5. ナスカの地上絵の目的を知る

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ペルー南部の高原に描かれた広大な絵は、1920年に初めて発見されて以来、空の旅人たちの好奇心をくすぐり続けている。(PHOTOGRAPH BY ROBERT CLARK, NATIONAL GEOGRAPHIC CREATIVE)

 ナスカの地上絵の目的はまだ理論化されていない。精緻に描かれたペルーの地上絵は、星座を描いたものなのか? 水源に関係するものなのか? 人類学者ヨハン・ラインハルト氏は、ナスカの地上絵に関しては、理論を証明できるような評価が何一つできていないと述べており、ヒーバート氏もこれに同意している。「この分野でこそ、日々パワフルになるコンピューター分析により、大量の地理的・考古学的データを処理することが非常に重要になるでしょう」(参考記事:「ナスカ 文明崩壊の謎」)

6. 無傷のネアンデルタール人の発掘

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4万年の時を経て、2007年にシベリアで見つかったマンモス。氷床の融解により、長く凍結された遺物は今後も発見されるだろう。(PHOTOGRAPH BY FRANCIS LATREILLE, NATIONAL GEOGRAPHIC CREATIVE )

 地球温暖化で氷床および氷河の融解が進んでおり、保存状態のよいネアンデルタール人が出現する「可能性が非常に高い」とヒーバート氏。シベリアでは、4万年前の赤ちゃんマンモスが発見されている。(参考記事:「ネアンデルタール人 その絶滅の謎」、「4万年前の赤ちゃんマンモスを解剖する」)

7. 北米に存在したバイキングの確認

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海賊の前哨基地と信じ、発掘作業を進める考古学者パトリシア・サザーランド氏(オレンジの上着)のチーム。カナダ・バフィン島、タンフィールド・バレーにて。(PHOTOGRAPH BY DAVID COVENTRY, NATIONAL GEOGRAPHIC CREATIVE)

 温暖化で氷河の秘密が解き明かされるのと同じように、カナダ沿岸部の融解により、バイキング社会のネットワークが明らかにされるだろう。これにより、南北アメリカ“発見”の歴史は書き換えられると、ヒーバート氏は予測する。「南北アメリカではすでに、2カ所のバイキング・コミュニティーが発見されています。その解明が進むにつれて、大西洋沿岸全域で発見が進むことは想像に難くありません」(参考記事:「バイキングと北米先住民」)

文=Kristin Romey/訳=堀込泰三

(NATIONAL GEOGRAPHIC日本語版 少し抜粋;


【今日の風景3】

個人的に興味が大きいのは、始皇帝廟(陵の中の廟)とミノア文明の線文字A。

始皇帝陵内部には金・銀の枝に宝玉の実を付けた霊樹が生え、その下には水銀の川が流れ、金の瓦の始皇帝の廟へと続いていると司馬遷の「史記」や他書にある。 

線文字A・Bが発見されて既に100年以上、エトルリア人、フェニキア人、ミケーネ人の起源を考える上でのもっとも重要な発見でありながら解読ができていない。果たしてミノア人がすべてのエーゲ文明・地中海文明の起源なのか?


でもこれらの一連の記事・・・。

もし『著作権』をいわれたら消しますのでご容赦を・・・。


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※後漢墓「倭人磚」  山海經  第十二 海内北經 蓋國在鉅燕南 倭北 倭屬燕(既に戦国時代紀元前4世紀には倭はあったと思われる)
※画像はフリーを使用しています。 


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