桓武天皇が造営した長岡京(784~794年、京都府長岡京市など)跡から、字体にはねのある珍しい和同開珎が3枚見つかり、同市埋蔵文化財センターが30日、発表した。

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 調査を担当した兵庫埋蔵銭調査会によると、はねのある和同開珎は、長岡京以外では石川、滋賀、奈良の3県でしか見つかっておらず、全国で出土した約5700枚のうち数十枚しかないという。
出土したのは「和同開珎」の4字全てにはねがある2枚と、「和同珎」の3字にはねがある1枚。

 字体にはねがある理由は不明だが、当時の道路交差点や側溝から見つかっており、祭祀に使われたとみられる。

 はねのある和同開珎は、江戸時代の「珍銭奇品図録」などに掲載されており、当時のコインマニアも注目していたらしい。

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 今回の3枚は、長岡京市立埋蔵文化財調査センターで11月1~30日に開かれる特別企画展「長岡京の銭貨」で展示される。

(産経フォト10月30日抜粋) 


【今日の風景3】

ここから歩いて3・4分くらいのところで遺跡発掘してます。

スーパー『万代』になる予定。

たぶんそこから「はね」字和同開珎が出た。

道路拡張でだいぶ前からそこらじゅう掘ってる。

関西の街道沿いには相当古い時代からの遺跡が埋まってる確率が高い。

西国街道。

淀川(桂川)沿いということもある。

飛鳥の山之辺の道はもっと古い。

意外なくらい街道の歴史は古い。

江戸時代の有名な街道は、飛鳥時代には既にほとんどあったみたい。

むしろ昔の街道のほうがまっすぐで使いやすかった可能性が高い。

ローマ帝国の街道みたいな。

まあインフラ整備は、文明の基本だから当たり前といえば当たり前。

しかし不思議なのは、だれがだれの命令で測量して作ったか?

3世紀には既に奈良県桜井市の『纒向遺跡』があった。

面積は3km²(1km×3km) 。

りっぱな集権政治都市。

運河まであった。

当然文字も書籍もあったはず。

今後の研究に大いに期待。

そういえば『※細川ガラシャ祭り』がまた11月8日(日)にある。

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※画像はフリーを使用しています。